DREAMS Award 2011 第2回作文コンテスト 受賞作文 最優秀賞 松田 彩(まつだ あや)さん (東京都  24歳)

「いろんなありがとう」

『これまでもこれからも,ずっとありがとう』

 私が「多発性硬化症」を発症したのは約1年前になる。未曾有の大地震が故郷である岩手県を襲った頃,体が思うように動かないという異変を感じていた。
 はじめは「足の感覚が鈍い」程度だった。震災後は,毎日ニュースでその惨状を知るたびに心を痛めていたが,その間にも病状は少しずつ進行しており,4月には歩行障害に悩まされるようになっていた。

「思うように歩けない,バランスが取れない」
「交差した足の位置感覚がない」

はじめに受診した整形外科でのレントゲン所見からは『異常なし』。それでも病状は進行する一方で,回復の兆しを見せない。不安や焦りが募っていた頃,それまでお世話になっていたアルバイト先の方が,神経内科へ連れて行ってくれた。
 生まれて初めての MRI 検査,そして告げられたのは「多発性硬化症の可能性がある」ということ。「多発性硬化症ってどんな病気?難病って…大変なことになっているのかも…」
 それまでの私は,大きな病気もせず,順風満帆といえる人生を歩んできたように思う。大学院では,最先端の科学技術を用いながら研究に熱中し,ドイツ留学も果たしていた。病名を告げられたときは正直、
「どうして私が?」
という気持ちでいっぱいだった。まだまだこれからいろんなことにチャレンジしたい。それなのに,研究,就職,結婚…すべての可能性が閉ざされてしまった気さえした。インターネットを駆使して情報収集をすると「人によっては歩行不能になる可能性がある」「いつどの場所に病変が現れるかわからない」という文字。不確定要素が多いこの病気にどうやって立ち向かえばいいのか…絶望の気持ちでいっぱいになった。
 ただここで私を励ましてくれたのは,母と大学学部時代からの友人2人だった。母は私が告げた「多発性硬化症」という病名にも驚きをみせながらもそれ以上不安をあおるような態度はとらないでくれた。自分の娘が「難病」にかかったというショックはとても大きいものだと思う。それでもそのショックはみせなかった。わたしはそんな母がいてくれたことで精神的に安定することができたのだ。ありがとう。
 また,大学学部時代からの友人2人はそれぞれ違った形で励ましてくれた。1人はわたしの家まで来てくれて一緒に泣いてくれたし,1人は遠くに暮らしていたけど,電話で他愛ないことを言って笑わせてくれた。振り返ると2人のしてくれたこともまたわたしの支えになっていた。ありがとう。
 発症してから3ヶ月後,そのときには自分の足ではほとんど歩くことが出来なくなっていた。そのタイミングで入院することができた。わたしの症状は3回のパルス療法で快方に向かい,人の支えがなければ歩けないくらいだったわたしが自分の足で歩けるまでに回復した。
「自分の人生のなかで2度も歩き始めるって出来事があるなんて!」
病名が分かったときは不安に押しつぶされ,何もかも嫌になって投げ出してしまいたくなっていたけど,周囲のあたたかい励ましや支えのおかげでこの病気と向き合っていく覚悟がゆっくりと出来ていったように思う。

 そんないまの私には2つの夢がある。1つ目は,自分の専門をいかしながらこの病気に関連した研究をする。2つ目は,お母さんになる。
 わたしの専門は化学で,その中でもフラスコを振らないでコンピュータの中でシミュレーションをしながら研究をすすめるものである。この分野は現在急速に発展していて,機能性材料の設計・薬のデザイン等に応用されている。多発性硬化症に悩む患者さんにとって「決定的な治療薬がない」という不安はかなり大きい。そこで患者さんの負担が少なく,効果がより大きい薬のデザインに携わりたいと強く思うようになった。わたしのこの夢を叶えるためには周囲の理解と協力は必要不可欠であるが,双方とも得られている恵まれた環境にわたしはいる。ほんとうに感謝している。ありがとう。
 また,この病気をしてから強く実感したのは家族のすばらしさであった。1ヶ月の入院期間の中で,母は岩手と東京を何度も往復してくれたし,妹もたびたびお見舞いにきてくれた。ときにぶつかることもあり煩わしさを感じることもあるけれど,家族というのはかけがえのないものなのだ。わたしもいつかお母さんになって家族を築きたい。いまの2つ目の夢である。まだ見ぬパートナーに対してではあるが,この夢を叶えるためにはその人の協力も必要不可欠である。未来に向けてありがとう。

 病気をしてから,失ったものよりも得たものの方が多いように思う。身体に不自由がある状態での生活がいかに大変であるか,それまで考えたこともなかった。
 未来に不安がないわけではないけれど,わたしは周囲の様々な人たちに支えられて今日も元気に,夢に向かってすすんでいる。

「ずっとありがとう,これからもずっとずっとありがとう」