DREAMS Award 2011 第1回作文コンテスト 第1回受賞作文 優秀賞 林 小百合(はやし さゆり)さん (埼玉県 37歳)

「将来の夢の実現に向かって」

 私は、37歳6ヵ月多発性硬化症歴8年になる女性です。
 私の場合は今から8年ほど前になりますが、なんだかとても疲れやすくふらつきがひどくめまいがし、まっすぐ立っているのもつらいというのが始まりでした。
 眼科を受診したところ神経内科に行くように言われ、神経内科で頭のMRIを撮り、そこで座って待っていた医師は、誰かご家族で話せる方はいらっしゃいますか?と尋ねるので「これは何だか、大変なことになっているのかも」と状況が理解できないまま、夫に直接電話していただくことになり、そこで初めて「奥さんは多発性硬化症という病気です。」と告げられました。
 即日入院することになりましたが、一体、私の体の中で何が起こっているのか理解できず、まるで他人事のような気持ちでいる私がそこにいました。
 その日から、ステロイドパルス療法(ステロイド1g/日×3)の点滴が始まりました。初めて体の中に入るその薬は、真夜中に私の体に異常な副作用をもたらしました。
 何ともいえない、暗く落ち込んだ気分、さらに部屋をどれだけ暖かくしても、布団を何枚掛けてもらっても寒くて寒くてたまらないのです。夜中にたった一人、涙が止まらなくて、ただもう孤独で仕方がなかったことを、今でもよく覚えています。
 退院してしばらくの間、関節の痛みや感冒症状が続き、体中が痛くて仕方がありませんでした。
 ステロイド点滴、再発予防治療のため入退院をくり返し、ベッドの上で考えました。
 今の私に何ができるのか、私は何がしたいのか、私の体は今どうなっているのか、私の体はどこまで耐えられるものなのか。訳のわからない病気になり、不安で心が折れてしまいそうで、とても辛かったです。そして、とても、さみしくて怖かったです。
 でも、恐れてばかりいるだけでは、何も始まりません。こうなってしまったからには何か始めなければと思い悩んでいました。
 そうこうしているうちに、今まで自分がしたことのないことにたくさん挑戦してみたいという意欲が湧いてきました。
 病気になって初めて生きることを意識しました。
 そこから、今までの自分と変わった人生のスタートをきったのです。当時、静岡県民なのに一度も登ったことのない富士山に登ってみたいと思いました。
 29歳で発病したので30歳の誕生日は富士山の頂上で迎えるという、生涯忘れることのない試みです。
 少しずつ練習を重ね、ついにその日を迎えました。
 当日、いざ登り始めると、そうそう楽なもんじゃない。これから先どうなっていくのか、目に見えない不安をかき消すように一歩一歩ひたすら登り続けました。そして九合目、あと少し、そのあと少しがとても遠い。「もうだめだ」何度もそう思いながらも、夫に励まされながら、なんとか最後は気合で登りきりました。「こんな自分にもできるんだ!」と一緒に登ってくれた夫に心から感謝の気持ちを込めてご来光と夫を神々しく拝みました。病気になってからの私の初挑戦の感想は「苦しい時も私は一人じゃないんだ」という感謝の気持ちからでした。きっと私を連れて登ることはとても勇気のいることでしたでしょうから、この喜びを言葉で伝えるのは、ちょっと難しいかな。

 

 次に大型バイクの免許を取ることにしました。そこでも教えられることが多く、私が転倒して、もう教習所に行きたくないと思っている時に、同じ時期に来ていた女性は、転倒してひざを怪我したのにもかかわらず、「私には時間がないから」と、次の日も、また次の日も来るのです。私は、なんて自分は甘えた人間なんだろうと恥ずかしくなりました・・・。
 試験日のこと、私が緊張して緊張して、もう試験なんか受けたくないと思っていた時、隣に座って自分の順番が来るのを待っていた大学生の男の子に、「こういう緊張感ってめったに味わえるものじゃないからいいですよね」と言われた瞬間、「えっ、すごい。そういう考え方もあるのか」と、それまでの緊張が一瞬にして消えました。
 それからは調理師と心理カウンセラーとヨガの講師、ピラティスの講師の資格を次々と取得しました。それら一つ一つにも学ぶ事がとても多かったです、本当に・・・。とにかく自分なりの全速力でした。自分の体がどれだけ耐えられるものなのか必死に探していたのかもしれません。
 そうこうしているうちに、多少体に無理がかかったのか病状が悪化しました。でもこうして一つ一つ物事をやり遂げてきたことが自信につながったのか、以前感じた不安や焦燥感はなく、正面からその事態を受け入れられる心の強さを身につけていました。
 病気を告げられた当初は、この病気をなんとか治したい、どうしたらよくなるのか、そんなことばかりを考えていました。
 確かに病気が改善することは喜ばしいことですが、治る、治らないということよりも、自分に起こった出来事を受け入れることが最も大事であると気づいたのです。大切なのは、ありのままの自分を受け入れて、幸せにつなげていくこと。今度は自分が喜びを感じるだけではなく、いろんな人に喜びを感じてもらいたい、喜びを共感したい、自分のためだけではなく、私なりにいろんな人の役に立てるようなことをしてみたいと考えるようになりました。
 この病気が私に気づきを促し、私を強くしてくれます。再発予防薬の注射は痛いし、毎回同じところに打てば、部位が硬くなり、針が入りにくくなります。副作用もそれなりに辛いです。それでもこの病気が私を奮い立たせてくれ、私は病気じゃなかった時よりも心が自由です。神さまがいるのなら、私を選んでくれてありがとう、と伝えたいくらいです。
 それは辛さや苦しみ、喜びや幸せを教えてくれたからです。
 自分自身を見つめ直すきっかけを与えてもらったことで、現状に満足できなくても、物事を見る視点を変えることによって全く違った世界があるということに気づきました。生きていればいろいろなことがあります。現状に納得できず、周囲の人や環境を変えたいという思いがあるかもしれません。でも、現状を受け入れる覚悟を決めた時、きっと今と違った自分に出会えると思います。その時、周囲の人や環境が少しずつ変化していくことに気づかれると思います。少なくとも私がそうでした。
 私は現在、36歳で初めての出産を経験させてもらい、今は1歳半になる息子と夫の3人暮らしをしております。そして週に一度今住んでいる市の総合体育館でヨガの講師として皆さんの疲れた身体や心を癒すお手伝いをさせていただいております。
 帰り際、生徒さん達の「気持ちよかったわ〜」その一言にどれだけ勇気をもらうことか、心が救われます。
 病気のことはまだまだ知っていただくのに時間がかかると思いますので今はまだ伝えておりませんが、徐々に皆さんにご理解いただけるような、またそうすることでより良い関係を築いていけることが私の夢です。そしていつか自分のスタジオを開いてみたいです。
 与えられている今という時間は、皆に平等です。今という時間を大切にして、皆さんもいろんなことにチャレンジして今というこの世の中を、生き抜いてほしいと思います。